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私の履歴書

 無名の県立高校でビリだった私が、何故学校創立以来初の早稲田大学法学部の合格者になれたのか、そのきっかけとなった出来事とその後の人生についてご紹介します。

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●第一章
「自分は頭が悪い!」ということに気づいていなかった高校時代
❸高3の模擬試験で偏差値31(全大学E判定)で学年ビリに、流石に「これはマズい」と思った私!

 高校時代の私の成績は本当にどうしようもなかったのですが、そのどうしようもない状況がピークに達したのが、高校3年の5月に学校内で行われた模擬試験です。
 当時旺文社が高校向けに行っていた全国模試で、3年生全員が受けたのですが、私は何と“偏差値31”という驚異的な数字を叩き出してしまったのです。
 旺文社の模試は、駿台や河合塾などより偏差値が20くらい高めに出ると言われていたので、私の偏差値31はまさに天文学的に悪い数字でした。
 当然のことながら校内順位はビリで、この時初めて“自分は頭が悪い”ということに気づきました。
 これで流石に目覚め、「このままでは自分は駄目な人間になってしまう」「どこの大学にも行けない」「就職も出来ないかも…」と危機感を感じて、はじめて真剣に勉強と向き合うようになりました。
 ただ、真剣に勉強をしようと思ったものの、そのやり方がさっぱり分かりません。高校の仲間に勉強法を聞くにも、残念ながら私の通っていたS高校にはお手本になるような人がおらず、どうして良いか分からないまま毎日が過ぎていきました。
 家では集中できないので、図書館に行って勉強をするようになったのですが、そこで出来る仲間に出会えたことがとても大きかったです。
 その仲間とは、学区で一番のK高校に通っていたS君とY君の二人です。
 S君は中学時代の同級生、Y君は同じ小学校の卒業生でしたが、既に彼らの勉強のレベルは、私の遥か先を行っていました。
 彼らが駿台文庫の英文法頻出問題演習を使って勉強していたのを見て、「駿台は参考書も出しているんだ!」と感心している有様でしたが、既に彼らはハイレベルの英文法頻出問題演習を使いこなしていました。
 慌てて私も同じテキストを買い、S君、Y君のやり方を真似ながら、少しずつですが正しい受験勉強の道を歩き始めることが出来ました。
 ちなみにS君は現役で早稲田大学法学部に、Y君も同じく現役で早稲田大学政治経済学部に合格しました。
 K高校は進学校でしたが、それでも早稲田大学に受かる人はそれほど多くはいませんでしたし、ましてや現役で法学部や政治経済学部に合格するのは相当な快挙です。
 本当に彼らは優秀だったんですよね。優秀な二人と出会い、そのレベルを体感できたことは、私にとって大きなプラスになりました。

 次の頁は『❹高校の担任との進路面談「お前の受けるべき大学はココだ!」に反発』です。
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