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私の履歴書

 無名の県立高校でビリだった私が、何故学校創立以来初の早稲田大学法学部の合格者になれたのか、そのきっかけとなった出来事とその後の人生についてご紹介します。

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●第二章
大学受験1 ~甘くなかった、と言うより当然の全校不合格
❹高校の担任との進路面談「お前の受けるべき大学はココだ!」に反発

 高校3年の11月頃だったと思います。学級担任の先生と受験校決定のための三者面談を行いました。
 担任のH先生は日本体育大学の出身で、当時35~36歳だったと思います。
 高校2年と3年の2年間担当をしていただきましたが、私のような出来の悪い生徒とも普通に接してくれ、母親が「うちの息子はどんな生徒ですか?」と言う質問にも「hossie君は、ごく普通の良いお子さんですよ」と答えてくれました。
 何故母がこんな質問をしたのかと言うと、高1の時に当時の担任のW先生から「お宅のお子さんは教師の言うことをロクに聞かず、反抗ばかりしています」と言われていたからです。
 高1の時の担任のW先生は、超進学校の翠嵐高校からS高校に来たこともあり、ことあるごとに「S高校の通知表の4は、翠嵐高校の2だ!」と常に我々のことを馬鹿にしたダメ出し発言をしていました。
 ロクに勉強も出来なかった私でしたが、W先生のこうした言葉を聞くにつけ、「だったらうちの生徒が大学受験で通用するような工夫した授業をやれよ」と思うようになり、W先生にことごとく反発していましたので、先生から問題児として扱われるようになっていたのです。
 そんな私を普通の生徒として扱ってくれたH先生のことは大好きでしたが、その先生から受けた進路面談では、思わず反発の声を上げてしまいました。
先生「hossie、お前はどこの大学に行きたいんだ?」
「そうですね、青学とか行きたいです」
 「とか」と言うのもどうかと思いますが、当時ロクに大学の名前も知らなかったので、こんな表現になってしまいました。
 ちなみに何故青学と言ったかと言うと、尊敬する陸上部の2つ上の先輩が、2浪の末に青山学院大学に合格したからです。青学のことは何一つ知らなかったのですが、私はこの先輩の影響で、何となく青学に憧れを持っていました。
 私の「青学に行きたい」発言に対し、H先生はこう言いました。
 「hossie、お前何を言っているんだ。いいかhossie、青学とか言っていると2浪3浪するぞ。お前の今のレベルで受験するなら、○正大学・〇星大学・○京大学あたりだ。ちょっと難しいけど神奈川大学も絶対受けろよ。学校に試験結果が通知されるから」
 先生に言われた大学のうち、神奈川大学以外は聞いたことがありませんでした。
 神奈川大学を知っていたのは、当時私の高校が神奈川大学合格者数全国1位で、多くの先輩が進学していたからです。
 神奈川大学を始め、上記のどの大学も当時の私の力からして、恐らく不合格になっていたと思います。でも知らないって怖いですよね。「先生、俺その大学受けませんから」とだけ伝え、面接は終了しました。
 その時の私は、手探りながらも受験勉強を始めたことで、「もう少し勉強すれば結構イケるんじゃないの?」と言う何の根拠もない妄想を描いていたのです。
 H先生はどう思ったのかは分かりませんが、きっと呆れていたに違いありません。己の実力も顧みず、身の程知らずも甚だしい自分がそこにいましたから。

 次の頁は『❺受験した大学は全て不合格なるも、一校だけ補欠通知が!』です。
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