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私の履歴書

 無名の県立高校でビリだった私が、何故学校創立以来初の早稲田大学法学部の合格者になれたのか、そのきっかけとなった出来事とその後の人生についてご紹介します。

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●第二章
大学受験1 ~甘くなかった、と言うより当然の全校不合格
❺受験した大学は全て不合格なるも、一校だけ補欠通知が!

 結局担任のH先生から受けるように言われた大学は1校も受けず、6つの大学を受けました。
 受験したのは、青山学院大学経営学部、明治大学経営学部、法政大学経営学部、明治学院大学経済学部と早稲田大学商学部、慶応大学法学部です。
 この大学を見て、読者の皆さんは「は?」と思われたかもしれません。「偏差値30そこそこの受験生が受ける大学がそこ?」と思われても仕方がないと思いますが、この時点でもまだ、己の実力をよく分かっていなかったのです。
 何故この6校を受けたのかと言うと、名の通った大学の文系学部(文学部は除く)の中で、比較的難易度(偏差値)の低い経営学部なら引っかかるかもと思ったからです。
 早稲田と慶應は、「やはり私学を目指す受験生なら受けないと」と言う訳の分からない理由で受験したのですが、早稲田は商学部を慶應は数学の要らない法学部を受験しました。
 今思うと本当に呆れた話ですが、この時私は「マークシートがほとんどだから、早稲田も慶應もまぐれで受かっちゃうかも」と内心少し期待していたりしました。とんでもないおバカさんですよね。でもそれくらい分かっていなかったんですよね、受験の厳しさが。
 しかし結果は正直です。当然のごとく全ての大学に落ちました。
 ところがここで、小さな奇跡が起こります。合格発表から数日経ったある日、明治学院大学から補欠通知が届きました。通知には、補欠となったことと、補欠合格となった場合は、後日連絡すると言う主旨のことが書いてありました。
 この通知を見た父親から「補欠で合格したら必ず行けよ。今はまだ年功序列の社会だから、少しでも早く大学に入って就職した方が良いのだから」と言われました。
 これに対して私は「いやいや、補欠で合格しても行かないよ。今の中途半端な状況で大学を決めてしまうのは嫌だから」等と偉そうなことを口走り、父親に反抗しました。
 だったら何のために受験をしたんだって感じですが、兎に角この時は補欠合格をしても行きたくないと言う気持ちになっていたのです。
 その後大学からは何の連絡もなく、結果として不合格となりました。かくして明治学院大学補欠問題は消滅するのですが、もしもあの時に補欠合格となっていたらどうなっていたのでしょうか?
 私にも分かりませんが、その後歩む人生の形は大きく変わっていたと思います。
 結果的に受験した6校すべてに落ち、兎にも角にも浪人生となることが決定したのです。

 次の頁は『❻人生最大の衝撃!? 悪友の杉崎君が明治大学法学部に現役合格!!』です。
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