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私の履歴書

 無名の県立高校でビリだった私が、何故学校創立以来初の早稲田大学法学部の合格者になれたのか、そのきっかけとなった出来事とその後の人生についてご紹介します。

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●第二章
大学受験1 ~甘くなかった、と言うより当然の全校不合格
❻人生最大の衝撃!? 悪友のM君が明治大学法学部に現役合格!!

 浪人が決まってから初めて高校に登校した日に、驚くべき事実を知りました。クラスメートで私の麻雀仲間だったM君が、明治大学法学部に現役合格していたのです。
 私の高校から明治大学に合格するのはかなり難しく、その中でも偏差値の高い法学部に受かったと言う話は、それまで聞いたことがありませんでした。
 「明治の法学部にMが…」私は生まれて初めてと言うくらいの大きな衝撃を受けました。
 何故ならM君は、自分と同じくらい勉強が出来ないと思っていたからです。
 M君はサッカー部に所属していましたが、授業中はほとんど寝てばかりで、成績も下位。授業中に何度か椅子を後ろに「ガタンッ!」とぶつけて(いわゆるうたた寝の時のびくって言うやつです)、クラス中の笑い者になったりしていました。
 彼が必死で勉強していたということは、後になって聞きました。それにしても凄いことなんです、S高校から明治大学法学部に現役合格するってことは。
 「あのMが… なのに俺は…」驚きとも嫉妬とも言えない、複雑な思いが込み上げて来ました。
 ついこの間まで私と同じ立ち位置にいたM君が、手の届かない遠いところに行ってしまったような、何か取り残されたような気持ちになりました。
 それでもM君に敢えて聞いてみました。「M、どんな勉強したの?」彼は多くを語りませんでしたが、日本史の勉強に山川の問題集を使ったことを教えてくれました。
 問題集を穴の開くほど、それこそ問題文の冒頭を見たら答えが頭に浮かぶくらいやったと言っていました。もう一つ教えてくれたのが、ボールペンで書いて覚えたということです。使い切ったボールペンが10本近くになったそうです。
 「やっぱり努力していたんだ…」私はM君の勉強の話を聞いて、自分は落ちて当然だと思いました。
 M君の大学合格は、私に大きな衝撃を与えましたが、自分と同じくらい勉強が出来なかった彼が難関の明治大学法学部に受かったと言う事実は、私に勇気を与えてくれました。
 「俺だって頑張れば出来るかもしれない!」、全大学不合格で完全に自信を失っていた私が前向きな気持ちで浪人生活に臨めたのは、間違いなくM君のお蔭です。
 M君彼は大学を卒業後、大手空調設備工事会社(東証一部上場)に就職し、現在は経理担当として活躍しています。私と散々やった麻雀の点数計算が生きたのかもしれません(冗談ですけど)。
 M君の他に、私のクラスで東京6大学に現役受かった人がもう一人いました。同じ陸上部で短距離チームに所属していたI君です。
 I君は中学時代から優秀で、S高校に首席で入学して来ました。とても真面目で頭も良かったので、彼はそこそこ受験も行けるのではないかと思っていました。
 その予想は的中し、I君は、受験した4校全てに合格していました。
 彼が受験したのは、明治大学経営学部、明治学院大学経済学部、青山学院大学経済学部、青山学院大学経営学部です。そして彼は青山学院大学経済学部に進学します。
 でも皆さん、もったいないと思いませんか? 全校受かるくらい勉強が出来たのに、I君はどうして早稲田や慶應を受けなかったのでしょうか?
 彼に聞いてみたところ、「受かるとは思っていなかったから受けなかった」と言う、ごく単純な理由でした。でも彼ならもう少し上を目指せたのではないかと今も思っています。
 私の高校には、難関大学を目指すと言う雰囲気は全くありませんでした。I君も学区で一番のK高校に行っていれば、もっと上を目指していたのではないかと思います。
 因みに彼は今、某外資系生命保険会社で部長になっています。

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