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私の履歴書

 無名の県立高校でビリだった私が、何故学校創立以来初の早稲田大学法学部の合格者になれたのか、そのきっかけとなった出来事とその後の人生についてご紹介します。

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●第三章
大学受験2 ~浪人生活に突入、予備校に薄氷の思いで合格
❼大ショック!駿台予備校を目指すも1度目の試験は不合格に

 登校日に久しぶりにクラスの仲間が集合し、卒業旅行に行こうと言う話が持ち上がりました。大半が浪人をする状況の中でしたが、多くの人が卒業旅行に参加したようです。
 でも私はとてもそんな気持ちにはなれませんでした。杉崎君から受けた衝撃が凄まじく、あと一年勉強して彼に追いつき、追い越すことが出来るのだろうかと言う不安な気持ちに掻き立てられていたからです。
 杉崎君の合格を知ってすぐ、私は受験体制に入りました。とは言え予備校はどこに行ったら良いのかとか、どういう勉強をしたら良いのかさっぱり分からず、二進も三進も行かなくなって、ある人の元を尋ねました。
 私が向かったのは、高校時代に少し勉強を見ていただいた、K孝雄先生の所です。
 K先生は5浪して東京医科歯科大学に合格した苦労人で、当時はまだ大学生でした。
 湘南高校のご出身で、友人に誘われてW学院と言う塾で講師のアルバイトをしており、そこでしばらくの間私も勉強を見ていただいたのです。
 K先生は理数系が出来るだけではなく語学も堪能で、おまけに「俺は出されたコーヒーが昨日入れたコーヒーかどうか分かるくらいのコーヒー通だ」などと、高校生の私から見ると大人で異次元の存在で、本当に凄い人だなと思っていました。
 そのK先生がある時、全くうだつの上がらない私に「君は頑張れば早稲田や慶應に受かるぞ!」と言ってくれたのです。地を這うレベルだった私にこんなことを言ってくれたのは、後にも先にも地球上でK先生唯一人でした。
 何を根拠にそう思われたのかは今でも分かりません。ただその言葉が嬉しくて、いつまでも記憶に残っていたこともあり、今後どうすべきかを相談に行ったのです。
 K先生は「私立文系でも予備校に行くなら駿台予備校に行った方が良い、鶏口となるも牛後となるなかれと言う諺があるが、受験ではたとえビリの方でもレベルの高い集団に所属していた方が良い」とアドバイスしてくれました。
 当時駿台予備校の私立文系コースには試験があり、成績順に私文1類、私文2類、新宿私文の3つに振り分けられる仕組みになっていました。
 この時点で一定レベルに達していなかった私は、試験の結果新宿私文に振り分けられました。
 これをK先生に報告すると、「う~ん、新宿じゃ行っても意味がないな。今日からこのテキストを使って勉強して、2回目の試験を受けなさい」と言われました。
 K先生に教えていただいたテキストが、駿台文庫の漢字問題集と一年前に友人の志水君が教えてくれた英文法頻出問題演習です。
 短期間ですが漢字の問題集を何度も繰り返し、英語の問題集も必死やったことで、2回目の試験で私文2類に入ることが出来ました。しかもラッキーなことに、教えていただいた問題集から沢山出題されたことで、一番上のA組に入ることが出来ました。
 ここで駿台予備校に入れていなかったら、一年後の早稲田大学合格は無かったと思います。それくらい駿台予備校で学んだことは大きかったです。
 K先生には今でもとても感謝しています。早稲田大学に合格した時に電話で連絡をしましたが、それ以降一度もお会いしていません。
 今は某予備校の講師をされているようですが、機会があれば是非お会いしたいと思っています。
 K先生のアドバイスが無ければ、今の私は無いかもしれないからです。

 次の頁は『❽駿台予備校で出会った仲間たち』です。
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