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私の履歴書

 無名の県立高校でビリだった私が、何故学校創立以来初の早稲田大学法学部の合格者になれたのか、そのきっかけとなった出来事とその後の人生についてご紹介します。

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●第三章
大学受験2 ~浪人生活に突入、予備校に薄氷の思いで合格
❾意外にも楽しかった浪人生活

 浪人と言うと、暗くて辛い浪人生活のイメージがあるかもしれませんが、私はむしろ楽しい浪人生活でした。それまでと違って一日中勉強をしていましたが、その辛さよりも勉強が分かるようになる楽しさが、とても新鮮だったからです。
 「分かる(理解する)ことの楽しさを理解した」と言った感じでしょうか、特に何の根拠もなく適当に解釈していた古文にきちんとした文法ルールがあり、それを理解することで正しく読み取れることには感動しました。
 出来る人には当たり前なんでしょうけど、英語や古文、漢文などにおいて、問題を解くための根拠となるルールを理解できたことで、飛躍的に成績が伸びました。
 予備校で出会った仲間たちからも大いに刺激を受けました。
 M高校出身のK君は国語が得意で、私が絶対に読み取れないような「作者の意図するところは何か」と言う問題を、いとも簡単に解いてしまうのです。
 私が殺意さえ抱いていた(既に亡くなってましたけど💦)小林秀雄の書いた難解な文章ですらパーフェクトに回答してしまうのですから、私には神のような存在に見えました。
 またH高校出身のY君は、日本史の学力が秀でていました。どんなに難しいテストでも、必ず9割前後の点数を取る絶対的な実力の持ち主でしたので、特に日本史の難易度が高かった時の模擬テストでは、3科目トータルの成績優秀者でも上位に名を連ねていました。
 浪人時代の模擬テストで、彼らの得意科目で勝ったことはただの一度もありません。それだけの凄さだったので、逆に目立った得意科目が無い私は「トータルでまんべんなく点を取らないと、早稲田や慶應にはまず受からない」と悟ることが出来ました。
 実は予備校では好きな女の子も出来てしまいました。
 その女の子は茅ヶ崎にある某県立高校の出身で、私と同じ東海道線を利用してお茶の水まで通っていました。最初電車で見かけた時に、可愛い子だなと思ったのですが、その後予備校内で彼女を見つけ、同じ私文2類の生徒であることを知りました。
 身長は158センチくらいで、顔立ちは菊池桃子さんのような雰囲気でした。何度か見るうちにすっかり魅了されてしまい、いつしか片思いの存在になっていました。
 でも当時私は浪人生。ある意味命がけで戦っていると言う意識と、まだナイーブだったこともあり、声を掛けることすらできませんでした。
 その後、予備校の合格者名簿で彼女が上智大学文学部に合格したことを知りました。
 風の便りに彼女がテニスサークルの素敵な先輩と付き合っていると言う話を耳にし、予備校時代に一声でもかけておけば良かったかなと、少し後悔をしました(絶対に相手にされなかったと思いますけど)。
 予備校時代の片思いの話は、これまで誰にもしたことがありません。青春時代の甘酸っぱい思い出の一つとして、今も私の記憶に残っています。

 次の頁は『❿当時の勉強法について1(スケジュールの立て方と唯一決めたルール)』です。
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